第1回 「事務」と呼ばれることに?
金田 淳一(法政大学)
『IDE現代の高等教育NO499(2008年4月号)』で山本 眞一元桜美林大教授は次のように書かれている。
「・・・・職員が大学の経営の中枢にかかわることが難しかったのは、古くからの大学観、つまり極論すれば「教官の、教官による、教官のための大学自治」という考えにとらわれて、職員は教員に仕える「お手伝い」のようなものだと捉えがちであった関係者の偏見によるところが大きい。教員はしばしば大学職員のことを「ジム(事務)」と呼ぶが、この言葉には無意識にその偏見が含まれていると感じるのは、私だけであろうか。」
広島大、筑波大で教授を歴任され、日本高等教育学会長を務められた方でさえ、このように語られているのに、職員自らこの言葉を使っているのは情けない気がする。
そのように言ってしまうのは、言いやすいからなど理由はあるかもしれないが、議事録等正式な書類で使われることは我慢できない。以前、本学の部長会議である方が「事務が・・・・」と発言され、議事録チェックで当方にも回ってきたとき、そのままの表記だったので、「事務職員が・・・・」と修正するよう、担当事務局に要請したことがある。
それならそのような場合、どのようにいうべきだろうか。面倒でも「事務部、事務課、事務局、事務職員・・・」と言わなければと思うのだが。「事務方」という言い方もある。当方はあまり好きな表現ではないが、公務員の世界では使われているようである。過日賑やかしている日本学術会議会員の任命拒否問題では、「事務方トップの・・・・官房副長官」と使われている。
人によってはそんな些細なこと、気にしなくてもという人がいるかもしれない、しかしそんなことはなく、細かなことをおろそかにしてはいけないと自分に言い聞かせている。言葉の使われ方に鋭敏になることが、自分の行動を変えるきかっけになることもあるのではないか。まさに「神は細部に宿る」と信じている。
当方の先々代の会長、西川 幸穂氏(学校法人立命館常務理事)によると、立命館大学では事務職員と呼ぶことによる何となく業務の限定された、専門性の低いイメージ等を払拭するため、今後採用に際して事務職員ではなく別の呼称を用いることを検討中であるという。
当方がむきになって怒ることはいずれなくなるのだろうか?