第30回 「偶然性」の仕掛人
有馬 優(横浜国立大学)
原生林が茂る広大なキャンパスは、新緑の季節を告げる風と共に学生さんたちの声で活気付いてきました。全ての学部・全ての学年が同じ場所に集まっている横浜国立大学は、縦の繋がり、横の繋がりが生まれやすい環境が自慢です。
「おめでとうございます」
この季節に行き交う言葉のひとつ。オリエンテーションでも、たくさんの先生方が、新入生に向けてお話しされていました。学生さんだけでなく、社会人になっても、この言葉が交わされる瞬間はなんとも嬉しいものです。そして時には、それが自分に向けられる言葉になることだって、大なり小なり訪れます。
その度に思うんです。
「おめでとうございます」と言われた分だけ、
「ありがとうございます」を届けようと。
私も自宅に戻れば一児の母。自分の誕生日より、子供の誕生日の方が嬉しいですし、子供が人から褒められれば、それはもう我がことのように誇らしい。そんな経験を通じて知るのは、自分の両親や恩師など、私を育んでくださった方も、同じような気持ちだったのだろうということ。私が何かを頑張っていただいた「おめでとう」は、そんな方々への「ありがとう」でもあるはずなのだということ。
新型コロナウイルスの拡大を受け、大学は多くの変革を余儀なくされました。オンラインという選択肢が定着し、便利になった反面、それまで人生に微細な影響をもたらしてきた様々な「偶然性」は、不要不急の名のもとに、息を潜めてしまったように思います。
しかし、この偶然性が、人と人との信頼関係を強めることは言うまでもありません。オンライン授業では、教員がZoomの画面を閉じてしまえばその場はなくなってしまいますが、教室で講義が行われるのであれば、学生さんはそこで分からないことを確認し合ったり、雑談したり、教員に話しかけたりすることが叶うわけです。こういった、出来事と出来事の隙間時間にこそ、お互いの人柄を知り、歩み寄るチャンスがたくさん眠っているはずです。
本学には、学生の投票で決まる「ベストティーチャー賞」という表彰があります。私の所属する分野でその栄えある賞を受賞された先生がコロナ禍で何をされていたか。それは学生さんたちから直接お話を伺うことで知ることができました。
全学的にオンライン講義が実施されていた当時、入学したばかりの1年生は、友達ができないという問題に直面していました。その様子を察知した上述の先生は、ご自身の講義時間を短縮し、余った時間でZoomのブレイクアウトルームを作り、学生さん同士で自由に交流する時間を確保されたのだそうです。学生さんたちは、そこで些細な疑問を解消したり、お互いのことを話したりして、絆を深めることができたのだと、この春3年生になった学生さんは語ってくれました。
「おめでとうございます」と称えられたこのベストティーチャー賞は、
「ありがとうございます」という学生さんたちの気持ちが具現化したものだったのです。
このエピソードを受けて私が確信を深めたのは、ニューノーマルの時代を歩む教育現場では、私たち教職員が、「偶然性」の生まれるきっかけを仕掛けていく必要があるということです。仕掛けるというと、もはや「必然性」とも受け取れますが、そうではなく、定められた予定の中で、そこにいる人々の人柄が滲み出る細工をほんの少し施すということです。
学内ですれ違う人に自ら挨拶をする。
メールの中に相手を気遣う一言を入れる。
手伝ってくれた学生さんに飴玉を1つ渡す。
そんな小さな、数分、数秒の心配りが、「偶然性」の種であり、人の心を和らげる大きな力になるのだと、私は信じています。ポイントは、「ゆとりを見せること」。忙しそうな人に、学生さんは声をかけません。どんなに忙しくても、手を止め、目を見て、しっかり向き合う。これは職員にもできる教育活動であり、人としての礼節なのではないでしょうか。
新入生向けのオリエンテーションで、先生方の自己紹介ののち、職員にも挨拶の時間をいただきました。少し緊張した面持ちで背筋を伸ばす彼らの表情をひとしきり眺めながら、私も、多くの先生方と同じようにこう切り出しました。
「ご入学おめでとうございます」
そしてこう続けました。
「時代は変わり、今やインターネットを使えば誰でも一人で勉強できる時代になりました。そんな今、この横浜国立大学で学ぶ意味は何か。それは、その知識や理論を、ここにいらっしゃる先生方を通して学ぶということです。ぜひ、皆さんの力で、先生方のお人柄を引き出してください。先生方だって、一人の人間です。お腹も空くし、『眠い』なんて言っていることもあります。知識の伝達だけで終わらない人間関係を、この学生生活で築いてください。
そして、私たち職員も、先生方とは別の形で、皆さんの学生生活を応援します。楽しかったこと、悲しかったこと、いつでも話しに来てください。特にこの春から一人暮らしを始めた方。ぜひ、家族の代わりに、日々のちょっとしたことを話す場として、事務室をご活用ください。人は集えば、事務室だって学び舎です。」
彼らが卒業の日を迎えるとき、
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
この言葉が縦横無尽に行き交う空間が生まれることを願ってやみません。
そのために、私は今日もまた、無邪気に、しかし至って真面目に、「偶然性」を仕掛けていくのです。


