第32回 4歳の世界に存在するジェンダー・セクシュアリティバイアス

 川口理紗(東邦音楽大学)

「ママ、かっこいいのがおとこのこで、かわいいのがおんなのこでしょ?」
「パパはおとこのこだから、ピンクはダメだよね」
「おとこのことおんなのこでしかケッコンできないって、おともだちがいってた」

4歳になった我が家の長女から、聞き捨てならない言葉が投げ掛けられた。

私は、2017年からLGBTを含む多様なSOGI(性的指向・性自認)をもつ学生の支援について研究している(本学会誌24号、25号参照)。
友人や学生からカミングアウトを受けた経験も幾度となくあり、育児においてジェンダー・セクシュアリティバイアスを植え付けないように心を砕いてきたつもりだった。

今や子供向け番組で「可能性と多様性」がテーマに掲げられ、ジェンダーレスなキャラクターが登場する時代である。
それにもかかわらず、彼女の住む小さな世界での出来事や様々な影響によって、家庭でどれだけ留意していようとも、偏ったジェンダー規範がすでに刷り込まれ始めていることに危機感を覚えた。

生後まもなくからある意味実験的な試みとして、出生時の性別が「女」である長女に、「普通」は男子が好むと認識されている色やキャラクター、アニメ等にも意識的に触れさせてきた。
そして先入観や親の好みを無意識に押し付けないように夫婦で心がけている。

そんな長女は現在、ピンクとドレスとプリンセスと戦隊ヒーローが大好きで、「わたしはおんなのこ」と、いつのまにか認識していた。
長女に対して、「女の子だから」といった接し方はしてこなかったし、本人から問われたこともないと記憶しているのだが・・・。


※我が家の子供用本棚にある絵本

 

『タンタンタンゴはパパふたり』
文:ジャスティン・リチャードソン、ピーター・パーネル、絵:ヘンリー・コール、
訳:尾辻 かな子、前田 和男 ポット出版

『ピンクはおとこのこのいろ』
文:ロブ パールマン、絵:イダ カバン、訳:ロバート キャンベル KADOKAWA

SOGIについては、各家庭での知識や理解度に大きく隔たりがあると感じている。
世間では勿論のこと、当事者においても賛否両論があるのであくまでも持論だが、就学前の教育・保育の現場でも、多様なSOGIに触れる機会を持つことは必要だと考える。

「かっこいい女の子もいていいし、かわいい男の子もいていいんだよ」
「ピンクが好きな男の子もいるし、青が好きな女の子もいるんだよ」
「日本ではまだ、結婚はできないけれど、結婚と似たようなことはできるし、男の人同士、女の人同士が結婚できる国もあるよ」

「事実」を伝えるだけでも、「無知や無意識による差別・偏見」を減らすことに繋がるかもしれないと思うのだ。


冒頭の会話には続きがある。
「ママ、かっこいいのがおとこのこで、かわいいのがおんなのこでしょ?
 ママは、わたしがおとこのこのほうがいい?」
「どうしてそう思ったの?」
「パパとたたかいごっこしていたとき、『かっこいいね』ってママがいってたから・・・」

おそらく彼女の中では、こんな思考を辿ったのではないだろうか。
『かっこいいとほめられた⇒かっこいいのはおとこのこ⇒ママは、おとこのこがすきなんだ⇒でも、わたしはおんなのこ・・・・』

「かっこいいあなたも、かわいいあなたも、ママはどちらも好き。
 だから、そのときあなたがなりたいものになっていいんだよ。」

少し俯き加減の顔を覗きこみ、目線を合わせて伝えると、彼女はつぼみが綻んだように笑い、さっぱりした様子で大好きな戦いごっこに戻っていった。
戦隊ヒーローの変身銃を構えながら走っていく後ろ姿を目で追いながら、私は胸の奥がぎゅっとなり涙がでそうだった。

好きな色、好きな服、好きな遊び、好きな人・・・・・。
ステレオタイプによる偏見や差別が根強い社会では、それらを自由に公言することが憚られてしまう。

「おとこのこなのに、ピンクなんておかしいよ」
『おとこのこ』だと認識している友達に、彼女はこれまでもそんな言葉を掛けていたかもしれない。

こんな小さな子供が、ジェンダー・セクシュアリティバイアスにとらわれていて、それは、彼女のコミュニティの中の誰かを「悪意なく・意図せず」傷つけ、否定してしまう可能性をはらんでいる。
そしていつの日か、「わたしはおんなのこだから、~はダメなんだ」と、彼女自身の心を抑圧してしまうことに繋がるかもしれないと懸念を抱いた。



SOGI
をめぐる社会的動向・関心はここ数年で大きく変化している。
企業では、2020東京オリンピック・パラリンピックを契機にSOGIに関する研修が増加し、厚生労働省においてはSOGIについてもハラスメントに該当することが示されるようになった。

大学業界でも、ガイドライン策定をはじめ関連する取組みが広がりつつあるが、大学間で隔たりがあるのが現状だ。
そしていまなお、全国のキャンパスでは「SOGIハラ」が蔓延しており課題が山積している。

ガイドラインや各種制度といった組織としての意志表明だけでは、真の「変化」にはいたらない。
そこに集う我々教職員を含む「人々の意識」が変化していくことが必須である。

2018
年生まれの長女よりも、「普通」という名の偏った固定観念にさらされてきたであろう今の学生達。
学び舎である大学という空間で、学び以外のことに悩みや生きづらさを抱えて過ごすことがないように、自分の中の「普通」を問い直す癖をつけ、学生支援に従事したい。

4
歳の娘とのたわいのない会話から、誰もが抱え得る「無知や無意識による差別・偏見」との向き合い方をあらためて内省した。

※職場で活用しているネームホルダーとクリアファイル


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