第45回 「当たり前」と固定観念
猪股 雄仁(福島県)
行政職員がなぜ「大学行政管理学会(JUAM)」の会員なのか?
おそらく多くの方がこの思いを抱かれるのではないでしょうか。私がJUAMに参加したのは2015年で、当時は新卒で入職した大学で勤務していました。行政に身を置いたのは、2022年度からですので、それまでは大学職員としてJUAMの会員だったわけです。
ここで私が問いたいのは、少し極端ですが、JUAMは大学職員だけという固定観念を抱いてしまっていないか、ということです。もちろん、大学職員が中心になって大学行政・管理を考える組織ですから、大学職員が中心であるのは当たり前と言って良いかと思います。
しかしながら、国立大学や公立大学では、国家公務員や地方公務員が派遣されることもありますし、例えば公立大学法人では地方公共団体が設置・管理するという性格から所管の部局や課があり、その部局等に配属された職員として関わることもあります。大学に派遣されていれば、対外的には大学職員となりますが、そうでない行政職員であっても大学行政・管理を考える立場にいる職員は相当数いるのではないでしょうか。
さて、こうした思い込みは、「当たり前」ではなく固定観念として捉えてられているのではないかと思います。
東日本大震災やその後の原発事故、台風などの大雨災害、新型コロナウイルス感染症などによって、「当たり前」とは何かが問われています。リーマンショックのあたりから、何か大きなことがあるたびにNew Normalという言葉が話題になっている気がしますが、それはその瞬間における「固定観念」であることが変わるからであって、その根底にある「当たり前」は変わっていないのかもしれません。
以前勤務していた大学での職員生活を振り返ってみますと、こうした「当たり前」を常に意識していたと実感しています。急激に進む少子化やデジタル社会の実現に向けたDXの加速など激変する現代において、高等教育機関として教育を提供し続けるという「当たり前」のために、それまでの固定観念に囚われず新しいことに挑戦していく...とりわけ、新型コロナウイルス感染症の流行に伴いオンライン授業を実施することとなった際の取り組みは、まさにそれを具現化した経験であったと思います。
この経験は、行政職員になった今でも業務を遂行する上での根底にあります。寧ろ、ルール作りという観点からすると、行政職員にこそ求められているのではないかと思うほどです。前例踏襲という固定観念のもとで業務を進めていくことが多いと感じますし、いくら現状に即して変えようと思っても、それを実現するのは容易くありません。事実、行政職員になった当初は、このジレンマを日々感じながら過ごしていましたし、今日でも感じることはあります。
そのような中で、取り組んできたことが少しずつ形になっていることを考えますと、「当たり前」とはなんなのか、固定観念に囚われていないかを意識しながら業務や学会活動にまい進していきたいものだと改めて感じています。
最後になりますが、大学職員であっても、行政職員であっても、あるいは他の職に就いている方であっても、JUAMという組織で同じ目的に向かっている仲間であることに立場の違いはありません。実際のところ、これまでの学会活動において、本当に多くの方々のご支援やご指導をいただきました。
今後どのようなキャリアを歩んでいくかは分かりませんが、JUAMの会員として、同じ仲間であることを忘れずに活動していきたいと思っています。