第49回 傲慢と善良
井峯 武(桃山学院大学)
新卒で学校法人に入職して以来、この4月でまる30年になる。これまで、12回人事異動を経験したが、通算勤務年数が一番長いのは、就職・キャリア形成支援部署になる。一昨年の4月に7年振り3度目のキャリアセンターに戻ってきたが、この7年間のギャップは大きく、学生気質の変化に驚かされることが大きい。
いわゆる「Z世代」と一括りにされがちな今の学生たち。「デジタルネイティブ・SNSネイティブ」、「ワークライフバランス重視」、「コスパ・タイパ(タイムパフォーマンス)重視」、「『自分らしさ』を大切にする」「多様な価値観を受容」、「環境や社会問題に関心高い」など、インターネットを検索するとこのような言葉が次々と出てくる。
就職活動支援という学生たちに近い部署にいる以上、可能な限り彼らに寄り添い、社会に飛び出すのに躊躇している学生の背中をそっと押してあげることもある。ただ、就職活動が上手くいかない学生の中には、学内企業説明会等には参加するものの、その後の企業の選考には進んでいない者も散見される。そして、その理由について尋ねた際に彼らからよく聞かされるのは、「ピンとこない」という言葉である。
婚約者が忽然と姿を消し、その居場所を探すため、彼女の「過去」と向き合うことになった架。その中で、彼女が地元で婚活していた頃にお世話になっていた、土地の名士の妻がやっている結婚相談所。その奥様のところに話を伺いに行くのだが、これまで何組ものご縁を繋いでいる、この奥様が話された言葉に、私はまさに「ピンときた」のである。
ジェーン・オースティン『高慢と偏見』で描かれた18世紀末から19世紀初頭のイギリスの田舎の結婚事情と比較しながら、
「現代の結婚が上手くいかない理由は、『傲慢さと善良さ』にあるような気がするんです」
「現代の日本は、一人一人が自分の価値観に重きを置きすぎて、皆さん傲慢です。その一方で、善良に生きている人ほど、親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて、“自分がない”ということになってしまう。傲慢さと善良さが、矛盾なく同じ人の中に存在してしまう、不思議な時代なのだと思います」 「ささやかな幸せを望むだけ、と言いながら、皆さん、ご自身につけていらっしゃる値段は相当お高いですよ。ピンとくる、こないの感覚は、相手を鏡のようにして見る、皆さんご自身の自己評価額なんです」
「その善良さは、過ぎれば、世間知らずとか、無知ということになるのかもしれないですね」
就職活動支援の現場では、昔からよく「就職と結婚(または恋愛)は似ている」と言われるが、就活でなかなか就職先企業が決められなかったり、そもそも選考になかなか進まなかったりする学生たちを思い浮かべ、確かに「傲慢さと善良さ」が存在していると感じた。
「Z世代」の今の学生たちは、いろいろなモノや情報が溢れている環境に育ってきた。何か知りたいことがあれば、スマホやインターネットからすぐに答えを見つけられる。その一方で、タイパを意識するあまり、「偶然の出会い」の機会を失っているような気がする。特に、コロナ禍で人と人との、場合によっては摩擦があったり、面倒くさくもなるコミュニケーションをしなくてもオンラインで済ますことができる今は、ますます自分や自分の周りの居心地の良い世界とは異なる世界に触れるチャンスがますます減ってきており、学生がどんな社会人人生を送っていきたいかを想像していくことが難しくなっていると思う。
多様な価値観を受容し、自分らしさを大切に考える今の学生たちこそ、より多くの経験をし、様々な価値観を持つ大人たちと交わり、小さな成功と小さな失敗を繰り返し、社会に旅立っていってほしいと切に願い、そのためのお手伝いをこれからもしていきたいと思う。
最後に、結婚相談所の奥様は、婚活につきまとう「ピンとこない」についても答えを出していた。就活で迷う学生だけでなく、自分自身にも当てはめてみてドキッとした。
「ピンとこない、の正体は、その人が、自分につけている値段です」
「値段、という言い方が悪ければ、点数と言い換えてもいいかもしれません。その人が無意識に自分はいくら、何点とつけた点数に見合う相手が来なければ、人は、“ピンとこない”と言います。――私の価値はこんなに低くない。もっと高い相手でなければ、私の値段とは釣り合わない」 「ささやかな幸せを望むだけ、と言いながら、皆さん、ご自身につけていらっしゃる値段は相当お高いですよ。ピンとくる、こないの感覚は、相手を鏡のようにして見る、皆さんご自身の自己評価額なんです」
「ささやかな幸せを望むだけ、と言いながら、皆さん、ご自身につけていらっしゃる値段は相当お高いですよ。ピンとくる、こないの感覚は、相手を鏡のようにして見る、皆さんご自身の自己評価額なんです」