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第13回 キャッシュレス時代に新紙幣を夢見て

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 根本和彦(津田塾大学) 3年後の2024年に、紙幣の肖像画が変わります。新一万円札の渋澤栄一は今年の大河ドラマにもなり、大々的に取り上げられています。そのような中、津田塾大学の創立者である津田梅子も新五千円札の肖像画となるため、少なからずメディアに取り上げられるようになりました。 国立印刷局の方が本学に来られたのは、新紙幣発表の前日でした。国立印刷局には10年以上も前に、津田梅子の写真を技術者の訓練用に貸し出していました。その関係で訪問を受けたのですが、当時、事務局では人手不足のため私は3つの役職を兼務しており、その中のひとつが津田梅子資料室事務室長でした。このため、私が本学で最初にこの吉報を受けることになりました。その時は大変驚き、そしてこのような喜ばしい情報を一番最初に知ることができたことに感動しました。忙しくとも求められれば、どんな仕事でも引き受けるものだと思いました。 津田梅子は日本初の女子留学生としてアメリカに11年留学しました。この留学は明治新政府が女子教育のために企画したものでしたが、最初の募集の際には応募者がいませんでした。何とか5人集めて岩倉使節団と共に留学させたのでした。ところが、その留学生たちが帰国した後、留学の成果を発揮する何の処遇も用意されていませんでした。梅子は官費で留学させてもらったのだから、何か世の中にお返しすることはできないかと考え、学校を立ち上げたのでした。 私たち大学職員は研修に出していただいたり、勉強させていただく機会があります。そのような際には自分自身のため、自分の業務のためにと思ってしまいがちですが、その直接的な成果だけではない形で大学あるいは大学を取り巻く社会に還元しなくてはと考えて研修を受けることは少ないと思います。気の向かない研修や業務を引き受けることも多いと思います。しかし、無駄な経験はないはずです。得られるものを探して、次に繋いでいくことを考えることができるかに真価が問われているのではないでしょうか。 新紙幣の発表の後、津田塾大学では2024年から五千円札しか使えなくなると、学生の間で冗談が囁かれていました。その後、コロナ禍によりキャッシュレスが進んで紙幣の将来に陰りが見えますが、新紙幣にはまだ見ぬ新しい役割が待っているはずです。その可能性を夢見て、今求められていることに応えていきたいものです。 (画像...

第12回 社会人大学院生の経験から

西向仁史(北海道医療大学) 私は、40歳を過ぎてから社会人大学院生となり、経営学の修士を取得しました。 皆さんは社会人として大学院で学ぶ自分自身を想像できるでしょうか? また、大学院で学んでみたいと思われたことはありますでしょうか? 大学職員になる前の私は、大学院を難しい研究をする場所と考えていて、全く興味を持っておりませんでした。また、高校からの友人が大学卒業後に大学院へ進学したことや、就職時の同期入社に修士修了者がいたこともありましたが、私自身が進学することなど考えたこともありませんでした。しかし、大学職員になり、大学院生と話す機会や大学院での学びを知る機会が多くなり、興味を持ちました。 個人的な経験ですが、自動車を購入するために自動車ディーラーへ行ったときに、車を所有せず自転車通勤している営業担当者から説明を受けたことがあります。その営業担当者はモデルチェンジした新型車の魅力を熱弁するのですが、私はどこか冷めてしまい、そのディーラーへは二度と行くことはなくなりました。 自分自身について思うのですが、「大学院に進学を考えています。」と相談されたときに、私が自信を持って進学を勧めるには、自分自身が修士を取得していた方が自分の経験を踏まえて話せるのではと思う事があり、これも興味を持った理由です。 大学院に興味を持ち、現実的に通学可能な大学院を調べてみました。 ①自分に合った研究テーマがある。 ②仕事に影響なく夜間、土日に開講されている。 ③社会人入学枠がある(入学試験の勉強はもう無理です...)。 ④入学金や授業料に社会人減免措置があり、ハローワークの教育訓練給付制度もある(少しでも経済負担を少なく...)。 欲を言えばきりがありませんが、これらに該当する大学院は意外に多くあり、候補リスト1番の大学院の入学説明会に参加しました。 社会人の入学枠があることから、説明会には20歳代から私よりも歳上の方まで幅広い年齢層が参加されていました。説明会終了後に、その場で研究テーマを訊かれ、情報工学をミックスしたような特殊(異端)なテーマをしか思い浮かばなかったのですが、会場におられた一人の先生から、「それであれば私が指導できますよ。」と声をかけられ、修士論文や研究の進め方などの話を伺ううちにイメージが明確になり、入試対策までしていただきました。 入試は基礎教養ではなく研究テーマ...

第11回 人事異動による気付き

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稲垣智成(南山大学) 新型コロナウイルスの感染拡大が続き、複数の都府県に「緊急事態宣言」または「蔓延防止等重点措置」が適用される大変厳しい状況が続いています。みなさんの大学では、どのような教育活動が行われていますでしょうか。 愛知県名古屋市にある南山大学では、感染予防対策を徹底したうえで、オンライン、対面、そしてオンラインと対面の双方を用いたハイブリッド授業の3種類の授業を実施しています。また、課外活動についても、合宿や飲食を伴う活動および感染リスクの高い活動を除き、屋内・屋外での活動を認めています。2020年度は、キャンパス内で学生を見る機会は多くはありませんでしたが、2021年度は、多くの学生の姿を見ることができ嬉しい限りです。少しでも早く新型コロナウイルスが終息し、誰もが安心してキャンパスライフを過ごせるようになることを願うばかりです。 そのような状況のなか、私は2021年4月1日付で、理事会運営を支援する法人部門へ人事異動となりました。3月までの学生支援部署では、授業が始まれば窓口は静かになり、授業と授業の間の時間となれば、窓口に学生の列ができるという、学生の動きを感じることができました。 しかし、私が人事異動した法人部門は、物理的に大学とは異なる場所に位置していることもあり、学生の姿を目にする機会はほとんどありません。法人業務や管理業務と言われる業務では、学生との直接的なやり取りが少ないことから、学生とのつながりを意識することが難しく感じることがあります。 ただ、今回の人事異動により、理事会等において、学生のことを最優先に考え、判断、協議していることを知ることができ、自身が担当する理事会準備や関係者との調整などの業務が、学生が安心、安全に学ぶことに繋がっていることを理解することができました。 日々の慌ただしさから、業務の意味や目的を考えることもせず処理してしまいがちですが、目の前の業務が、どのような形で学生と繋がっているのかを理解することの重要性を改めて気付かされる良い機会となりました。

第10回 社宅と遊び場

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林 将弘(立教大学) 私は小学生のとき、社宅で育った。そこは父が勤めるメーカーの敷地の一角だった。 会社はかつてカイコを飼って生糸を生産し大いに栄えたそうで、広大な敷地を有していた。しかし、その後事業転換し、私の小学生当時は機械部品を作る工場、物流を担う「集配センター」、事務所などが主な施設になっていて、土地にはゆとりがあった。 社員とその家族の福利厚生のための、野球場1個分の大きなグラウンド、かわいらしい草花が自生する砂利の小道、雑草に覆われた小高い丘、大木(主にケヤキ?)の林、小学校のプールより深い貯水槽などなど……。そこには子供たちが探検したくなる、自由に遊べる場所が豊富にあった。 晴れた日の下校時は、決められた通学路を外れて、会社の敷地の中を道草しながら自宅に帰ることがあった。路傍にはタンポポやヒメジョオンなど、たくさんの草花。 遊び友達は社宅の子供たち。学年の違う子とも、よく遊んだ。敷地のどこかに捨てられていた4輪台車を誰かが持ってきた。何人かで乗り、加速をつけて丘を滑り降り、何度となくジェットコースターごっこを楽しんだ。 4つ年下の弟が、学校帰りに貯水槽の周りで遊んでいて、落っこちてしまったこともあった。運よく一緒にいた社宅の友達に助けてもらい、ずぶぬれになって帰ってきた。運が悪ければ溺れていたかもしれないが、子供が敷地の中で遊んでいても、社員=大人たちには咎めない大らかさがあった。 そうした敷地の一角に、社宅はあった。当時でも比較的古い、二軒長屋の平屋家屋だった。8畳間の和室に家族4人ふとんを敷き、子供たちは夜9時には床に入っただろうか。……と、ときどき遠くから、「ガシャーーン」と大きな音が夜空を切って、長く、繰り返し響く。長大編成の貨物列車同士を連結させたときに起きる音だ。 近くには国鉄(いまのJR)の貨物操車場が広がっていた。このころは鉄道貨物輸送が盛んだった。いま思えば少し珍しいところで暮らしていたものだが、毎晩のことでさほど気にはならなかった。 社宅があったのは、のちに「さいたま新都心」という名で広く知られるようになった地区の片隅。1980年代、東京の一極集中を是正するため、近郊にいくつかの「業務核都市」が設けられた。その流れに乗り、ここに新しい街ができた。 開発は急速に進んだ。旅客鉄道駅、幹線道路、官公庁、銀行、スーパーアリーナ、飲食店、商業...

第9回 新年度に向けて

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渡部 修(関西大学) 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言から始まった2020年度が、新しい年度に変わろうとしています。 残念ながら、私の住む大阪では、新規感染者と重傷者がともに東京を上回って、予断を許さない状況であると報道(3月28日現在)されており、引き続き2021年度も気を引き締めて取り組まなければならないと思っています。 大学行政管理学会の近畿地区研究会では、これまでワークショップ形式で研究会活動を行うとともに、研究会終了後には、必ず懇親会を開催し、人的ネットワークの拡大や、会員同士の親睦を深めてきました。 また、JR福知山線廃線敷のハイキングなど、年に1回程度のレクリエーションを企画するなど、いわゆる対面式を重視して開催してきました。 それ故、2020年度は、研究会の開催やその他の活動を見合わせざるを得なくなり、とても辛い状況が続いています。 今般、リレーコラムを拝命いたしましたことから、この場をお借りすることとなり誠に申し訳ございませんが、満足な活動ができなかったことをお詫び申し上げます。 今後は、先月に金田会長が発表された「JUAM研究会運営における当面の指針等について」にありますように、オンライン(Zoom、Teams、Google Meet など)を用いながら、勉強会スタイルや自由な懇談形式など、多様で柔軟な方法を工夫して、気軽な活動にできるよう取り組んでまいりたいと思っております。 そこでここからは、今後暫く行うことのできない対面式で実施してきた過去の研究会について、少しだけご紹介できればと思います。 直近の研究会は、昨年1月に、神戸学院大学のポートアイランド第1キャンパスで開催しました。この会では、教学マネジメントについて、特に多様な教育プログラムの編成・実施・評価・改善といった役割を担うカリキュラムコーディネーターに必要な基礎知識や役割、そして教育の質保証におけるその重要性について、知見を得る機会となりました。 そして、神戸学院大学所属の学会員の方々をはじめ、職員の皆様のご厚意により、会場に設定いただいたA号館大会議室は、みなとオアシスKOBEエリアと市章山をともに一望できる、まさに海と山が近い神戸の景観が素晴らしい会議室で、良い天気のなかゆったりと実施することができました。 また、この日は1月の第2土曜日だったのですが、もしこれが...

第8回 人材育成とガーデニング ―置かれた場所で咲けますか―

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 杉原 明(工学院大学) 東京はこのところ暖かさが増し、少しずつ春の花が咲き始めている。かつてガーデニングは私の趣味であったが、ここ数年忙しさにかまけ手入れをさぼり続けた結果、小さな庭は惨憺たる状況になっている。 そんな素人ガーデナーの経験から、ガーデニングとマネジメントはよく似ていると思い、コラムを書いたことがある(※1)。そのコラムでは「中長期計画」を「ガーデンのコンセプトづくり」に例えたり、「FD、GPA、IRの難しさ」を「気候が異なる地域からの輸入植物栽培の難しさ」に例えたりしてみたのだが、今回のリレーコラムではその続編として、「置かれた場所で咲きなさい」(※2)という言葉について考えてみたい。 実際のところ多くの園芸植物は咲く場所を選ぶ。日当たりが好き、日影が好き、湿気が好き、乾燥が好きなど、植物によって好む環境が異なる。大輪のバラを咲かせたいと思えば日当たりと風通しのよい場所が必要であり、狭い塀際の日影に植えても美しく咲くことはない。ヨーロッパのイングリッシュガーデンで見かける宿根草のデルフィニュームに憧れても、東京では夏の湿度と暑さに耐えられず1年だけで枯れてしまう。 どこに置かれても美しく咲く植物など、ほとんど存在しないのである。 私たち大学職員はどうだろうか。内向的な性格の職員を対外折衝の多い部門に配置したり、基礎的な統計学の素養もない職員をIR部門に配置したりしたところで、本人の苦労ばかり多く誰も得をしない。新入職員であっても、性格の個性もあれば、学校教育で身につけてきた専門性の差もある。学校教育で身につけた専門性を考慮しないことは大学の敗北でもある。 大輪の花を咲かせるために成長できる環境は人により異なる。 置かれた場所で咲くのは大変難しいのである。 最後に。写真は手入れをさぼり続けて放置された中、多少夏暑くても冬寒くても日影でも毎年今の季節に花を咲かせているクリスマスローズである。このような植物は特別な存在で、もちろん重宝されるのだが、努力してそうなれるものでもなさそうだ。 ※1 杉原明,「大学マネジメントとガーデニング」,(文部科学教育通信 373号,2015) ※2 渡辺和子,「置かれた場所で咲きなさい」,(幻冬舎,2012)

第7回 大学職員で「学会」に所属

浅野 健(広島修道大学) 私が大学職員として働き始めてから、今年で29年目を迎えました。また、大学行政管理学会員としては、20歳を迎えました。年月が経つのは、本当に早いものです。この間に、世界や日本、もちろん大学業界もいろいろな出来事や変革が進み、時代も昭和から平成、そして令和と変わってきました。 特に、新型コロナウイルス感染症による影響は、大学業界にとって大きな転換期となりました。そして、今までとは異なる手法や手段(ニューノーマル)を構築するのに、絶好の機会となったと思います。 賛否両論はありますが、多くの大学が早急な対応を迫られました。準備も整わない状況で、授業を対面型から非接触型へ移行することとなり、大変な状況でした。しかし、オンラインを主体とする授業展開や学生支援活動にもオンライン・ツールを使用すること等で、大学としての新たな在り方の1つを提示できたのではないかと思います。 こうした中、教職協創(本学では、最後の文字「動」を「創」に置き換え、ともに作り出すという考え)で1つの物事(今回は難問続きではありますが)に対処することが、大学を支える職員として、大きな原動力となっていることが明確になったと思います。さらに、現状を打開すべく、大学職員として「大学職員はどうあるべきか」、「これからの大学とは」等の論題を仲間と一緒に夜遅くまで議論し、これからの「大学」や「社会」に対する知見を磨いている方々も多いのではないでしょうか。 広島という地方都市の中規模大学にて、大学職員として働いている私にとって、今回のコロナ禍の状況は本当に大変でした(今も続いています)。ニュースとして流れてくる世界各国の情報、日本政府の方針や大都市での状況と広島での状況の差が多いことに驚き、そして、その対策にあたるための準備や手段に、これほど悩むとは想像していませんでした。 学生がいなくなったキャンパスでは、野生動物が出現する機会が増え、注意を呼び掛ける看板を設置する等、想定していなかったことに対処できる「やわらかい思考」の必要性を強く感じました。今までは、文部科学省のホームページにある「キーワード」をきちんと説明できることや学部設置業務や補助金業務等の一度は経験しておくとよいと思われる業務を体験し実践することが、大学職員としての成長と目安として捉えていましたが、いざ今回のような緊急事態の時に慌て...