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第8回 人材育成とガーデニング ―置かれた場所で咲けますか―

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 杉原 明(工学院大学) 東京はこのところ暖かさが増し、少しずつ春の花が咲き始めている。かつてガーデニングは私の趣味であったが、ここ数年忙しさにかまけ手入れをさぼり続けた結果、小さな庭は惨憺たる状況になっている。 そんな素人ガーデナーの経験から、ガーデニングとマネジメントはよく似ていると思い、コラムを書いたことがある(※1)。そのコラムでは「中長期計画」を「ガーデンのコンセプトづくり」に例えたり、「FD、GPA、IRの難しさ」を「気候が異なる地域からの輸入植物栽培の難しさ」に例えたりしてみたのだが、今回のリレーコラムではその続編として、「置かれた場所で咲きなさい」(※2)という言葉について考えてみたい。 実際のところ多くの園芸植物は咲く場所を選ぶ。日当たりが好き、日影が好き、湿気が好き、乾燥が好きなど、植物によって好む環境が異なる。大輪のバラを咲かせたいと思えば日当たりと風通しのよい場所が必要であり、狭い塀際の日影に植えても美しく咲くことはない。ヨーロッパのイングリッシュガーデンで見かける宿根草のデルフィニュームに憧れても、東京では夏の湿度と暑さに耐えられず1年だけで枯れてしまう。 どこに置かれても美しく咲く植物など、ほとんど存在しないのである。 私たち大学職員はどうだろうか。内向的な性格の職員を対外折衝の多い部門に配置したり、基礎的な統計学の素養もない職員をIR部門に配置したりしたところで、本人の苦労ばかり多く誰も得をしない。新入職員であっても、性格の個性もあれば、学校教育で身につけてきた専門性の差もある。学校教育で身につけた専門性を考慮しないことは大学の敗北でもある。 大輪の花を咲かせるために成長できる環境は人により異なる。 置かれた場所で咲くのは大変難しいのである。 最後に。写真は手入れをさぼり続けて放置された中、多少夏暑くても冬寒くても日影でも毎年今の季節に花を咲かせているクリスマスローズである。このような植物は特別な存在で、もちろん重宝されるのだが、努力してそうなれるものでもなさそうだ。 ※1 杉原明,「大学マネジメントとガーデニング」,(文部科学教育通信 373号,2015) ※2 渡辺和子,「置かれた場所で咲きなさい」,(幻冬舎,2012)

第7回 大学職員で「学会」に所属

浅野 健(広島修道大学) 私が大学職員として働き始めてから、今年で29年目を迎えました。また、大学行政管理学会員としては、20歳を迎えました。年月が経つのは、本当に早いものです。この間に、世界や日本、もちろん大学業界もいろいろな出来事や変革が進み、時代も昭和から平成、そして令和と変わってきました。 特に、新型コロナウイルス感染症による影響は、大学業界にとって大きな転換期となりました。そして、今までとは異なる手法や手段(ニューノーマル)を構築するのに、絶好の機会となったと思います。 賛否両論はありますが、多くの大学が早急な対応を迫られました。準備も整わない状況で、授業を対面型から非接触型へ移行することとなり、大変な状況でした。しかし、オンラインを主体とする授業展開や学生支援活動にもオンライン・ツールを使用すること等で、大学としての新たな在り方の1つを提示できたのではないかと思います。 こうした中、教職協創(本学では、最後の文字「動」を「創」に置き換え、ともに作り出すという考え)で1つの物事(今回は難問続きではありますが)に対処することが、大学を支える職員として、大きな原動力となっていることが明確になったと思います。さらに、現状を打開すべく、大学職員として「大学職員はどうあるべきか」、「これからの大学とは」等の論題を仲間と一緒に夜遅くまで議論し、これからの「大学」や「社会」に対する知見を磨いている方々も多いのではないでしょうか。 広島という地方都市の中規模大学にて、大学職員として働いている私にとって、今回のコロナ禍の状況は本当に大変でした(今も続いています)。ニュースとして流れてくる世界各国の情報、日本政府の方針や大都市での状況と広島での状況の差が多いことに驚き、そして、その対策にあたるための準備や手段に、これほど悩むとは想像していませんでした。 学生がいなくなったキャンパスでは、野生動物が出現する機会が増え、注意を呼び掛ける看板を設置する等、想定していなかったことに対処できる「やわらかい思考」の必要性を強く感じました。今までは、文部科学省のホームページにある「キーワード」をきちんと説明できることや学部設置業務や補助金業務等の一度は経験しておくとよいと思われる業務を体験し実践することが、大学職員としての成長と目安として捉えていましたが、いざ今回のような緊急事態の時に慌て...

第6回 東日本大震災から10年-いま何を想う

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 高橋 豊(仙台白百合女子大学) 私がこのリレーコラムを書くにあたり考えたことは、2011年3月11日に起きた東北沖を震源とする大地震のことです。実際にはあまり思い出したくはない出来事です。地震から引き起こされた津波で、多くの方が犠牲になりました。 当時私は大学で、新しい財務システムの導入指導を受けていました。システムの担当者は福岡から来ており、たまたま震災に遭遇してしまった訳です。地震後すぐに飛行場に行きたいと言われましたが、信号が止まり、幹線道路は大渋滞で動けませんでした。後に、津波で浜辺に多くの人が打ち上げられていることを知りました。飛行場も津波を受け、飛行機が流されている映像がテレビに映りました。結果的にいかなくてよかった、いけなくてよかったということです。 それから長い避難生活が始まりました。とくに大変だったのが、食料とガソリンです。ガソリンは油槽所が被災したため、流通しないという事態が続きました。 この時に学んだことは情報収集の重要性です。情報は足で稼ぐことが大切でした。翌日から自転車で通勤し、スーパー(食料品の販売)の情報、ガソリンスタンドの情報から、皆がスーパーに並んでいる時にホームセンターに行き、ガスボンベやお菓子を買ってきました。機転が利くことも生き抜くために必要だと実感しました。 また、待っていては、配給されるまでに時間が掛かります。水も出る地域と出ない地域がありました。地震後、すぐにお風呂に水を溜めてトイレ等に使いました。ソーラーパネルの家は電気が使えたので、米を炊いてもらいました。 JUAMの仲間からも多くの励ましの言葉と物資を送るとの温かい心遣いを頂きました。我慢強い東北人と言われましたが、停電は防犯カメラも止めてしまうため、恐怖を感じる瞬間でもありました。 この日(2011年3月11日)、JUAMでは、日本大学で理事会が開かれていました。東北地区研究会からは学校法人東北学院の斎藤英夫氏と学校法人宮城学院の井上富美子氏が参加しており、お2人は東北新幹線が止まったため、山形経由で宮城県まで戻ったとの話を後に聞きました。 あの日から間もなく10年が経過します。私の生活は通常に戻っておりますが、海沿いの地域は、元の姿を取り戻してはいません。人も住めなくなった地域もあります。確実に再建していると思いますが、実はあの日を思い出したくはないで...

第5回 九州・沖縄地区研究会 ―不易と流行の狭間での雑感―

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 松永 雅弘(長崎国際大学) 昨春から始まった新型コロナウイルス感染症は、終わりが見えないどころかさらに厳しさを増している。年が明けすぐに二度目の「緊急事態宣言」が政府から発出された。新聞の見出しは「緊急事態宣言」、「医療崩壊の危機」、なんともおどろおどろしげな言葉だ。平和な時代に生まれた私にとって、人の命を脅かす「目に見えない不安」に振り回されている自分がいる。生きている間にまさか自分がこんな世界史に語り継がれる事象に遭遇するとは思いもしなかった。そんな事象が一年近く続いている。 「三密を避けろ」「家で過ごせ」「人に逢うな」と令和の時代の幕開けは、感染防止の為に人との直接的関わりを避けることが求められた「ニューノーマル」の時代。一年近くマスクをしたまま人と話している。加えてソーシャルディスタンス、人との距離を取り、半分しか見えない顔に話しかけている。不要不急の外出を避け、何事も自粛。「黙食」「黙浴」「黙トレ」など新しいマナー?と「マスク警察」「不織布マスク警察」となるものも出現しているらしい。勿論、仕事帰りにチョイと一杯は、厳禁。人生も峠を越えた人間でも、制限ばかりで鬱々となる。 しかし、我々は、長く生きていればこんな時もあると割り切れるが、若者、ましては学生にとっては、苦行・苦難の日々だろう。夢を描いた大学生活、キャンパスを歩くことも出来ない、友達と旅行も遊びも、部活やサークル活動も、遅くまで飲み明かすことも、ましてや授業や試験までも制限されるとは・・・。 昨日(1月27日)、サラリーマン川柳(第一生命保険)の全国優秀100句が発表された。こちらもコロナ関連が多い。「出社日は 次はいつなの? 妻の圧」「テレワーク いつもと違う 父を知る」「コロナ禍が 程よく上司を ディスタンス」「どこにある ステイホームで 俺の場所」などなど世相が、自分が映し出されている。コロナもこんな感じて笑い飛ばしたいものだ。 そんな中、初めての在宅ワーク、巣ごもり期間に、本棚を整理し、懐かしい一冊を見つけて再読した。 「・・・『面授』(めんじゅ)という古い言葉を知った。人間と人間が向き合い、お互いに息づかいのきこえるような距離で何かを学び、何かを伝え、そして何かが伝えられる、これを面授という。・・・・ひとつの思想とか学問とか信仰とか、さまざまなものは、人間がそれこそ手を出せば届く...

第4回 JUAM事務局(市ヶ谷オフィス)の新しい生活様式

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藤井 哲彦(國學院大學) 大学行政管理学会(JUAM)の専用オフィスは、設立直後は東京・中央区日本橋の丸善ビル内に置かれていましたが、2度の移転を経て2007(平成19)年6月から現在の市ヶ谷オフィスが稼働し、専属のスタッフも雇用しています。一昨年に前任校から事務局長を引き継いだ私が、現在、この市ヶ谷オフィスの実質的な管理運営責任を負っています。 普段は所属大学(國學院大學)で勤務しつつ、オフィスと連絡をとって業務指示や判断、勤怠管理などをしています。事務局校にはJUAM会員である事務局長補佐が3名いて、それぞれ所掌する事務局業務を担っていますが、いずれも大学の本務を抱えながらの兼務なので、日々の円滑な事務処理は専用オフィスとスタッフなくして成り立ちません。 着任から半年近くの間は、繁忙の中で何とか前例を踏まえつつ事務局運営に努めていました。それが一変したのが、昨春以来の新型コロナウイルス問題です。昨年3月25日夜に都知事から外出自粛要請が出されると、私は自分自身の職場や家族のことだけでなく、市ヶ谷オフィスの責任者として、出勤するスタッフの安全配慮と業務運営の両立をどう図るか、前例のない判断と速やかな対策を実行する必要に迫られました。 ただ、都心部の通勤ラッシュ時の感染リスクを自分自身でも感じていたこと、当会の運営は市ヶ谷オフィスのスタッフが安心・安全に日々の業務を継続できる環境が大前提であるのは明らかなことから、市ヶ谷オフィスをひとまず一時閉室すること、及び速やかに在宅勤務(テレワーク)への移行を図ることを、私はほとんど迷いませんでした。会長から市ヶ谷オフィスのコロナ禍対策を一任していただけたこと、スタッフの皆さんからもこの時期、率直な相談や状況報告を連日寄せてもらえたので、市ヶ谷から離れていても現況に即した判断がしやすかったことも大きかったと思います。 それに、私が大学職員になる前に働いていた企業では、所掌業務によっては出社と在宅勤務の併用方式(今でいうハイブリッド型)が可能でした。仕事の内容によるのはもちろんですが、テレワークなんて言葉も知らず、インターネット環境が今ほど整っていなかった2000年代初頭に恒常的に在宅勤務をしていた経験を持つ私には、「仕事は出社して行うものである」という固定観念がもともとないのです。 そのため、都知事による外出自粛要請の直後に市...

第3回 「鯉のぼり」と大学生活

高橋章建(成蹊大学)  大学時代、茶道部の稽古で床の間に飾る掛軸の中で、私のお気に入りの一つが、鯉のぼりの逸話に関する次の掛軸でした。 「三級浪高 魚化龍」(さんきゅう なみたかくして うお りゅうとかす) 中国では河川の恵みが生活を支え、逆に河川の氾濫が生活を奪っており、為政者にとって治水が重要な課題であった時代、この治水の功で夏王朝の初代皇帝となったのが禹(う)でした。彼は黄河流域の竜門山を三段に切って落として治水事業を行いましたが、これが瀧となり、三月の桃の季節に鯉が集まり、この三段の瀧を登り切った鯉は、龍となって昇天していくという逸話が、「登竜門」の語源となり、「鯉のぼり」の習慣となって現在も続いています。 小さい頃から毎年、子供の日に鯉が空高く竿になびいている光景を見ていたため、不思議に思った事もなく、親から子供の成長を願っての事だよと言われて、空を舞う鯉を自然と受け入れていました。 大学に入学すると、同居の兄に、「陶芸かお茶なんか面白いんじゃないか」と軽く言われた事が何故か頭の片隅に残り茶道部に入部、5月連休前の稽古時に床の間に上級生が飾ったこの掛け軸の意味を教えて貰った際に、鯉のぼりには、こんな出典でこういう意味があったのかと初めて知り、軽い感動を覚えました。これが切っ掛けとなり、その後部所蔵の軸・色紙の意味や、その出典を調べることから始まり、それ以外の茶掛けにも次第に興味が移っていきました。 茶席の軸や色紙に書かれている言葉は、「茶禅一味」と云われるとおり、禅語や中国の古典が出典となっているものが多く、書店や古書店で禅語関連の本を探して読んだり、図書館で漢詩集から該当の一節を探したり、専門分野と全く関係のない事に結構な時間を費やしましたが、探し求めた語句に辿り着いた時の感動や喜びは何とも言えないくらい、私に充実感を与えてくれました。 授業での予習復習は、期日や時間に追われつつ「何とかこなしていた」感じでしたが、期日に左右されず、自分の興味に従って新たな知識を得ていけることが何とも楽しく、当時はインターネットもない中で、ひたすら自身の時間と足で得る体験は、大学生活を更に充実させてくれる一つの要素でした。 大学生活で得られるものは様々ですが、自身の「好奇心」や「興味」を引くものと大学生活の初期に出会えたことは幸せな事であり、その中で身に着けた「継...

第2回 「人・本・旅」の宝庫である大学行政管理学会

近藤智彦(愛知大学) コロナ禍の今夏、オンラインセミナーで立命館アジア太平洋大学学長の出口治明先生のお話を聴く機会がありました。分かりやすい例えやユーモアを交えた内容で、時間はあっという間に過ぎました。先生のお話の中で特に印象に残ったのは、人間の学びの方法についてです。今回はこのことを紹介したいと思います。 先生は、人間が賢くなる方法は「人・本・旅」に学ぶことであるとおっしゃっています。「人・本・旅」とは、「人間は人から教わることで、自分を成長させられる。本を読むことで、その本を書いた昔の時代に生きた人やはるか遠方にいる人から学ぶことができる。人や本から知識を学び、それだけではなく、旅をしていろいろな文化や伝統に触れて、さまざまな人や考え方、発想パターンを真似することで考える力が鍛えられる。」ということです。 このお話を聴いて私にとっての「人・本・旅」は、まさに大学行政管理学会(JUAM)であることを改めて認識しました。JUAMには1,200名を超える会員がいます。自大学の教職員から学ぶことはもちろんありますが、他大学の教職員の皆様からは、普段同じ環境のもとで仕事をしている自大学の教職員の間では気が付かないようなものの見方や考え方を教えていただくことがあります(人からの学び)。また、設立20年を超えるJUAMの学会誌や研究データベースには、数多くの研究業績や取組事例が蓄積されています。これらから得た知見は、自大学の制度改革や業務改善を進める際の参考になっています(本からの学び)。年に1度の研究集会、年間を通じて開催される各研究会への参加(旅)により、新たな出会い(人)があり、参加者の皆様からいろいろなことを教えていただくことができます。さらに深めたいことは関係の資料等(本)にあたって調べ、業務知識の幅を広げることになります。研究交流を通じて、自分自身の考え方や自大学の取組を相対化することができます。さらに、JUAMの良いところは、人事異動等により所属部署や担当業務が変わったとしても会員資格を有している限り、「旅」が途中で終わることはありません。所属大学の役職や担当者という立場で参画している学外の委員会等は、異動した時点で後任者へ交代することになりますが、JUAMの場合はその必要がありません。 今般のコロナ禍の中でもJUAMを通じてお世話になっている皆様から本当に多く...