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第54回 対話における『傾聴と承認』の重要性と難しさ

坂口 憲二(金城大学)  職場やプライベートなど日々の生活の中で、改めて『傾聴と承認』という言葉を意識したのは、前年度(2022年度)に本学学長に就任した米島學先生の入学式や卒業式での告辞を拝聴したことがきっかけでした。  それ以前も、他者とのコミュニケーション(対話)の際には、相手の意見によく耳を傾け(よくうなずき)、相手の意見を尊重して敬い共感・賛同しながら対話を重ねていくことを意識はしているものの、あらゆる場面でそれを実践できていない自分がいると感じていました。重要だと理解はしているものの建設的な対話ができなかったり、ただただ答えを急いでしまったり、冒頭から相手を否定しながら話を進めてしまったり…。相手や状況などの場面も変われば内容が軽いものから重いものまで、さまざまなシチュエーションの中で常に『傾聴と承認』を意識した対話を実践することはなかなか難しいものです。  改めて『傾聴(Listening)』と『承認(Approval)』を調べてみると、ビジネスコミュニケーションにおいて非常に重要な要素であり、特にチームビルディングや人間関係の構築において、これらの技術を習得することで相手の意見や感情を理解して適切に対応することができ、組織全体の生産性が高まることが期待されます。『傾聴』とは相手の話を注意深く聞き、その意図や感情を汲み取ることであり、『承認』とは相手の価値を認め、その存在や発言を尊重することを指します。これらの要素は相互に関連しており、傾聴ができることで相手に対する理解が深まり、承認も容易になります。この両者がうまく機能することでコミュニケーションが円滑に進み、相手との信頼関係が築かれることに繋がるということが分かります。  大学事務職員となり20年以上の時が経過した現在、学生との何気ない世間話から学業・生活面などに関する悩みを聴き出して適切な支援策を提案していくこと、教員が授業や研究に専念できる環境を整えるためにその声に耳を傾けてサポートしていくこと、同じ事務職員が抱える問題や要望などを注意深く聴き信頼関係を築いていくこと、それらを今一度意識して、相手の満足度や対話意欲を高めて良好なコミュニケーション、引いては全学的な人間教育をこれからも実践していきたいと考えています。  そこで改めて、『傾聴と承認』の5つのポイントを以下の通り共有したいと思います。...

第53回 「たまたま」は人生を変えられる!?

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大森 則良(学校法人関西学院) 私は2009年に大学行政管理学会(JUAM)正会員として入会した。お恥ずかしながら入会の明確な動機は記憶に乏しく、ある同僚からの誘いで、研究会に参加しただろうか、、という微かな記憶に残る程度である。受動的な動機である。それから十数年、総会・研究集会、地区研究会等にもほとんど顔を出さなかったであろう私に、第14期理事(2020年〜2022年)として力を貸してほしいという要請があった。 前述の通りJUAMへの参画度は低かった私だが、地区研究会参加の時には研究会の内容はもちろん、他大学の新キャンパスの建設ラッシュとその空間を肌で感じ、人的ネットワークも広がった恩恵も受けてきたことから、微力ながらその恩返しという想いで引き受け、今に至っている。 こういった自らの節目を振り返ると、改めて、人生は偶然の積み重ねだと思う。 プランドハプンスタンスセオリー(計画された偶発性理論)という理論は非常に有名だが、まさに人生「たまたま」の積み重ねであり、友人形成も、大学選択も、就職も、結婚もそして今の部署も、みなそうである。しかしこの「たまたま」の出来事を転機としてとらえ、どれだけ主体的に、積極的に関わるかによって、自分のキャリアを色濃いものにするか、ただ平凡な人生で終えるかが大きく変わってくるものだと思う。 第14期JUAMの理事として関わり始めると、正会員の伸び悩みに直面していることもわかった。そこで本学の若手・中堅職員を中心に声をかけると、この半年程で10名近くの本学職員が新規正会員として加入してくれた。動機も様々だったが、予想以上に反応がよく、いい意味で驚いた。その背景としてコロナ禍で他大学の職員との接点がほとんどなかったこと、自己啓発意欲が若手職員の中に、潜在的に、非常に強くあることがわかった。JUAMがサスティナブルな組織であること、またそのプレゼンスを高めるには、JUAMは若手・中堅へのアプローチこそ必要不可欠なのではないかと感じた出来事であった。新規入会してくれた彼らの中には、これがきっかけで先日の総会・研究集会に参加し、刺激を受けてくれた者もいた。 予期しなかったことや、望まなかったことに遭遇する機会は基本的には平等に巡ってくるものだと思う。それを面白いコト(仕事)に変えていく、できないと思うことに対して、どうすれば「できる」へ変えられるか...

第52回 私の夏の思い出

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野中 勝広(関西大学)   コロナ禍がほぼ落ち着いてきた2023年の夏、皆様、いかがお過ごしでしたでしょうか。今年は行動制限のない夏でしたので、久しぶりに旅行へ出かけられた方も多かったのではないでしょうか。  私もこの夏、家族からの「北海道に行ったことがない」「富良野のラベンダーが見たい」との声を受けて、久しぶりに2泊3日の北海道旅行へ出かけました。  7月上旬でしたが、既に真夏の気温だった大阪から北海道へ行くことができることから、気温もそれほど高くなく、快適に過ごせるのではないかと期待していたのですが、当日は大阪とほとんど変わらないくらいの高温で、正直ビックリしてしまいました。  それでも、午後に札幌に到着してからは某有名スイーツのお店でお茶タイムを楽しみ、その後は、時計台や大通公園を観光し、北海道旅行らしい初日を過ごすことができました。  夕方になり、少し気温が落ち着いてきた頃、スイーツでお腹がまだ満たされていたことも重なり、札幌駅から徒歩で行くことができる北海道大学へも行ってきました。  広大な敷地を有すること、ポプラ並木やイチョウ並木など多くの緑に囲まれているキャンパスであることで観光地としても有名な北海道大学ですが、まずは正門入口にはカフェ併設のインフォメーションセンターがあり、散策するための地図を入手するとともに、家族は可愛いトートバッグを購入していました。  その後、散策コースをもとに、古川講堂、クラーク像、農学部校舎などを見学してまわりました。ショートコースのものでしたが、十分に見応えのあるものでした。  私も家族も大学事務職員であるという仕事柄、他大学のキャンパスを見て回ることは、ある意味、観光以上に有意義なひとときでありました。特に家族は「自分が現役で北大を知っていたら受験したかった(学力の問題は別として)」と感心しきっておりました。  夕食には、家族希望の味噌ラーメン。45分くらい並びましたが、並んだ甲斐あって、とても美味しい味噌ラーメンを食べることが出来ました。  翌日には、家族待望の富良野へのドライブ。  到着がお昼前になる予定だったこともあり、前もってハンバーガーを予約。富良野産の材料をふんだんに使ったすごいボリュームのハンバーガーで、お腹がいっぱいになりました。  午後からは、ファーム富田などのラベンダー畑を散策。ちょうどラベン...

第51回 私が大学職員として生き残れた理由

中原 正樹(京都産業大学)  私が大学職員となったのは2003年。当時、大学行政管理学会(JUAM)の入会資格は管理職以上であり、加入資格のない私にとっては遠い存在だった。それから月日が経ち、2007年に入会資格から管理職以上の条件が撤廃されても、そんなことには気づかない日々を過ごしていた。  新米社会人の私は、控えめに言っても生意気だったに違いない。はじめてプロジェクトに参加したときには、当時に流行りだったマニフェストを作成して、事務局長に直談判した。会議に遅れた管理職にも、遠慮なく理由を問いただしていた。振り返れば、甘酸っぱい思い出ばかりがよみがえってくる。きっと、当時の上司は、相当に扱いづらく、手を焼いていただろう。「若気の至り」という言葉で、許してもらうしかないことばかりである。  そんな生意気な私が、大学職員として生き残れたのは、大学を取り巻く環境が変わり始め、大学業界全体に変革の機運が高まっていたからだと思う。所属大学では、私が採用された年から人事考課制度がスタートし、中長期計画であるグランドデザインの策定も始まっていた。急激ではないけれど、18歳人口の増加という上昇気流から離脱し、自力航行可能な大学になろうと、大学の空気感は変わり始めていたように思う。  JUAMは、そんな時代を象徴するような存在だろう。JUAMには、初めて参加した研究会をきっかけに、2011年に入会した。そこには、現状に甘んじることなく、くじけずへこたれず、前向きに働く先輩や後輩、同年代の職員が大勢いた。また、私よりずっと生意気で(自分比)、けれども情熱的で、努力を重ねている職員にもたくさん出会うことができた。俺様一番の私を受け止め、率直に叱咤激励してくれる先輩からは、たくさんの刺激をいただいた。ひたむきに研鑽を続ける後輩と話せば、背筋が伸びた。これまで参加した勉強会やフォーラムと異なるその場の雰囲気は、きっと自らの意志で参加している人が集まっていたからなのだろう。  JUAMに入会して約10年。私が今も意欲をもって仕事に取り組めるのは、所属大学やJUAMで多くの出会いに恵まれ、たくさんの元気とやる気、そして明日への活力をもらったからだ。今も私は自分のことで精一杯でJUAMには力をいただくばかりだが、一生懸命に仕事やJUAMの活動に取り組むことが、少なからず自大学やJUAMに貢献でき...

第50回 大学周年史に大学職員はいますか

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堀 佑二(獨協大学)  2022年も間もなく過ぎ、2023年が幕を開けようとしている12月某日に、かねてから訪れてみたいと思っていた野間教育研究所に行ってきました。   野間教育研究所は、1946年に民間教育研究所として発足した研究所で、1950年に財団法人化し、以降70年にわたって教育に関する研究をしているところです。研究部門は、日本教育史研究部門など4部門に分かれていて、過去には学校沿革史を研究テーマとして扱っていました。野間教育研究所では、学校沿革史を1965年から収集し始め、2022年3月時点で約8,800冊(大学だけで4,000冊以上)と国内最大の蔵書数を誇っています。学校沿革史に興味関心のある人にとっては一度は訪れたい場所となっています。  ところで、学校沿革史や企業などのさまざまな周年史とはいったいどういったものでしょうか。在籍、所属していた学校でたまたま周年記念のタイミングがあってお土産でもらう程度の認識で、なかには所属機関の周年史を一度も見たことがない人もいるかもしれません。もちろん、祝い事の記念品として、あるいは存在を誇示するために制作されていたこともありますが、現在企業では、社員教育や社外への方針の周知などのブランディング、採用活動などリクルーティングのツールとして経営戦略の役割を果たすものと言われています。また、学校沿革史、特に大学周年史は、「建学の理念」など自校の存在意義(アイデンティティー)の確認、学生や保証人などのステークホルダーへのアカウンタビリティー、社会のなかでの大学の歴史的な位置づけの確認、さらには自己点検・評価などの役割が期待されています。  それでは、大学周年史にはどのような記述があるでしょうか。章立ては、先に述べたように歴史的な位置づけもあるため、全体的な流れは歴代の理事長や学長を中心に述べられつつ、「戦時下の大学」、「大学紛争」など歴史的な事柄を記述していることが多くなっています。また、文章だけではなく、資料集や写真集の形で出版されるケースも増えています。  ここで、気になるポイントとして、大学周年史のなかで、事務局や大学職員はどのように記述されているでしょうか。野間教育研究所に所蔵されている大学周年史で、2022年から遡って時間の許す限り調べましたので、いくつかの事例を挙げてみます。  武庫川学院では、部署の紹...

第49回 傲慢と善良

井峯 武(桃山学院大学)   新卒で学校法人に入職して以来、この 4 月でまる 30 年になる。これまで、 12 回人事異動を経験したが、通算勤務年数が一番長いのは、就職・キャリア形成支援部署になる。一昨年の 4 月に 7 年振り 3 度目のキャリアセンターに戻ってきたが、この 7 年間のギャップは大きく、学生気質の変化に驚かされることが大きい。  いわゆる「 Z 世代」と一括りにされがちな今の学生たち。「デジタルネイティブ・SNSネイティブ」、「ワークライフバランス重視」、「コスパ・タイパ(タイムパフォーマンス)重視」、「『自分らしさ』を大切にする」「多様な価値観を受容」、「環境や社会問題に関心高い」など、インターネットを検索するとこのような言葉が次々と出てくる。  就職活動支援という学生たちに近い部署にいる以上、可能な限り彼らに寄り添い、社会に飛び出すのに躊躇している学生の背中をそっと押してあげることもある。ただ、就職活動が上手くいかない学生の中には、学内企業説明会等には参加するものの、その後の企業の選考には進んでいない者も散見される。そして、その理由について尋ねた際に彼らからよく聞かされるのは、「ピンとこない」という言葉である。  ところで、最近、辻村深月さんの『傲慢と善良』という小説を読んだ。たまたま立ち寄った本屋で、帯の「人生で一番刺さった小説」という言葉に惹かれ読み始めた。ネタバレにならないように気を付けながら紹介する。  婚約者が忽然と姿を消し、その居場所を探すため、彼女の「過去」と向き合うことになった架。その中で、彼女が地元で婚活していた頃にお世話になっていた、土地の名士の妻がやっている結婚相談所。その奥様のところに話を伺いに行くのだが、これまで何組ものご縁を繋いでいる、この奥様が話された言葉に、私はまさに「ピンときた」のである。  ジェーン・オースティン『高慢と偏見』で描かれた 18 世紀末から 19 世紀初頭のイギリスの田舎の結婚事情と比較しながら、 「現代の結婚が上手くいかない理由は、『傲慢さと善良さ』にあるような気がするんです」 「現代の日本は、一人一人が自分の価値観に重きを置きすぎて、皆さん傲慢です。その一方で、善良に生きている人ほど、親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて、“自分がない”ということになってしま...

第48回 志を立てるのに遅すぎるということはない

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 舟橋 佑太(秋田大学) 「プロローグ」 今回は私の経験談として、学会入会の動機と入会までの流れ、そして現在をお伝えしたいと思います。 私は現在秋田大学入試課で働いており、昨年は文科省、その前は医学部などで教務系に従事していました。 秋田大学は東北の日本海側にある中核都市、秋田市にある国立大学です。 秋田は風雪の厳しいところですが、海外でも人気の温泉郷やお祭り、お酒、アウトドアや登山、そして、それら全てに合う美味しい食べものが数多くあります。 「なぜ学会に入会したのか」 私は隣県の山形出身、縁あって2011年(平成23年)に入職、教務系で数年を過ごしてきました。 大学で用意されている研修に参加する機会を比較的多くもらっていた中で、コクダイパン(国立大学一般職員会議)に参加したとき、周りの参加者が持っている知識の量や熱量に衝撃というか、いい意味でショックを受けました。 そして、次第に職場で準備してもらっている研修だけでは不足を覚えるようになりました。 入職当初も、様々な行動をしている人に触れる機会はありました(大学のブログを立ち上げている人や本を出版されている人など)。しかし、日々のタスクをこなすために見ていたためか、そこから自分の心に火をつけることはありませんでした。 ところが、コクダイパンでのショックが良かったのか、「私も真似をして、いろんなことにチャレンジしたい」と思えるようになっていました。 そこで、様々なウェブサイト巡っていた時、本学会を見つけましたが、「学会は先生が所属するもの」という考えが頭の中にありました。 ただ、その時配属されていた医学部の部署で「Evidence Based Medicine(根拠に基づく医療)」という概念に触れる機会があったため、「教務は経験かもしれないが、最新の知見や研究の積み重ねで、よりよいものになるのではないか」という思いが湧いてきました。 また、科研費を獲得している事務系職員がいることを、コクダイパンで聞いていたので、ますます興味を抱くようになりました。 「大学行政管理学会入会へ」 早速学会のウェブサイトで入会方法を確認しましたが、とても怖かったことを覚えています。なぜなら、研究実績も何もない人が果たして入会できるのか・・・。入会の許可が出るまで、不安な日々でした。 しかし、事務局からはとても丁寧な連絡をしてもらえ...